大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)2020号 判決
控訴人
平峯昌幸
被控訴人
轟光江
右訴訟代理人弁護士
伊東香保
大搗幸男
筧宗憲
梶原高明
木村祐司郎
小林広夫
阪本豊起
坂本文正
竹本昌弘
永田徹
西村文茂
山根良一
吉井正明
渡辺勝之
渡辺守
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決を求める。
二 被控訴人
主文同旨の判決を求める。
第二 主張
次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(被控訴人の主張)
一 控訴人の被控訴人に対する具体的な加害行為は次のとおりである。
1 控訴人は、昭和六〇年五月一四日ころ、村上という女性とともに被控訴人方を訪れ、同日午前一〇時から午後四時ころまでの間、被控訴人に対し、証券を見せるよう強要し、このため、被控訴人は、持病の高血圧、自律神経失調による心臓の動きなどで精根尽き果てた状況に陥れられた。
さらに、控訴人は、同月一五日午前八時ころ、再度被控訴人方を訪れ、被控訴人に対し、前同様証券を見せるよう求めた。被控訴人は、控訴人の右要求に対し、前日の経過から体力的、精神的に抵抗することができなくなつていたため、右証券を見せたならば控訴人が辞去するものと考えこれに応じた。
2 控訴人は、被控訴人から証券類を見せられこれを手にするや、被控訴人を無理やり自動車に乗せ破産会社豊田商事株式会社(以下、豊田商事という。)神戸支店へ連れて行つた。そして、控訴人は、同支店課長某と共謀のうえ、右課長某において解約する証券を勝手に定めるや、再度被控訴人を自動車に乗せて神戸市内の郵便局に赴かせ、被控訴人に簡易生命保険の解約手続きを取らせるとともにこれを担保に借入れをさせて金員を入手したうえ、右神戸支店において入手した金二二八万六四八〇円をファミリー契約(オザキサヨコ名義)の名称の下に奪つた。
3 控訴人は、同月一六日ころ、被控訴人に住友生命の保険契約を無理矢理解約させ、控訴人は、同月二一日、右簡易生命保険及び住友生命保険の解約保険金が入つたので、被控訴人を右神戸支店に連れて行き、同支店において、前記と同様にファミリー契約(トドロキシゲヒロ名義)の名称の下に金二二一万四七八〇円を奪つた。
二 控訴人の請求原因に対する認否
1 原判決添付別紙請求の原因第一、一の内、被控訴人が控訴人の関与により豊田商事との間で「純金ファミリー契約」を締結したことは認める。
2 同第一、二の内、控訴人が豊田商事神戸支店の元従業員であつたことは認める。
3 同第二、一、二はいずれも不知。
4 同第二、三は争う。
5 同第三、一は否認する。
6 同第三、二の内、被控訴人と豊田商事との間において、被害状況一覧表記載の①、②の時期に同記載の内容の契約が締結され、被控訴人が同記載の金員を支払つたことは認める。控訴人が被控訴人に対し直接関与した勧誘は、昭和六〇年五月五日ころから一〇日ころまでの間に五〇〇グラムの純金ファミリー契約を締結するようすすめたことのみである。
第三 証拠〈省略〉
理由
一控訴人が豊田商事神戸支店の元従業員であり、被控訴人が控訴人の関与により豊田商事との間で「純金ファミリー契約」を締結したこと及び被控訴人が豊田商事との間において、昭和六〇年五月一五日、オザキサヨコ名義をもつて純金一キログラムを対象とする純金ファミリー契約を締結し、右同日、同社に対し金二二八万六四八〇円を交付し、さらに同月二一日、トドロキシゲヒロ名義をもつて純金一キログラムを対象とする純金ファミリー契約を締結し、右同日、同社に対し金二二一万四七八〇円を交付したことは当事者間に争いがない。
二すすんで、原判決添付別紙請求の原因第二について案ずるに、〈証拠〉によると、右請求の原因第二の事実を認めることができ、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によると、豊田商事が多数の顧客との間で締結した「純金ファミリー契約」は、契約書上顧客に購入させた金地金を一定の賃料を支払うとの約定の下に豊田商事において賃借し、右契約期間満了時には同種、同銘柄、同数量の純金をもつて返還することを主たる内容とするものであるが、豊田商事は、極少量を除いて現実には金地金を所持せず、また、右契約を締結した顧客に対し、右契約期間満了時に右約定に従つた純金を返還することをできないことが十分に予測できたにもかかわらず、顧客にはこれを秘して約定どおり履行されるものと信じさせて契約させ、加えて、同社従業員によつてなされた右認定にかかる勧誘・契約締結行為は社会的に相当性を欠く方法をもつてなされており、これらのことを総合勘案すると、右純金ファミリー契約の勧誘・締結行為は一般的にみて違法性の高いものであるというべきである。
三そこで、控訴人による被控訴人に対する本件純金ファミリー契約に関する勧誘行為等につき、不法行為が成立するかどうかについて検討する。
前記当事者間に争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。
1 被控訴人は、大正九年一月九日生まれ(本件当時六五歳)の女性で住所地において単身生活をしているものであり、健康状態は昭和四五年に卵巣のう腫で全摘手術を受けたころから思わしくなく、右足の運動機能障害、腰痛、高血圧及び自律神経失調症に起因する心臓障害等によつて寝たり起きたりの生活をしていたものである。
2 被控訴人は、昭和六〇年五月一四日ころ以前に三回程、豊田商事のことを知つているかとの電話を村上と名乗る女性から受けていたが、特に取り合うこともなく経過していたところ、同月一四日ころの午前一〇時ころ、控訴人及び右村上が被控訴人方を訪れ、被控訴人の許しを得ることもなしに同人方に上がり込み、世間話をする傍ら豊田商事や金の話をし、昼食時には控訴人らが持参した昼食を被控訴人にも一緒にとるよう強く勧めてとらせ、その後右村上が辞去した後は控訴人が被控訴人に対し、同人が断わつているにもかかわらず同人の所持する証券類を見せるよう執拗かつ強力に求めた。控訴人は、午後四時ころまで、右のように証券類を見せるよう求めたが、被控訴人がなおも断わつたため翌日に再び訪問することを告げて辞去したものの、被控訴人は控訴人の右のような行為に対する対応にいたく疲労し、血圧が上がりめまいがするなどした。
3 控訴人は、翌一五日午前八時ころ、被控訴人方を訪れ、被控訴人に対し、前日同様証券類を見せることを執拗かつ強力に求めた。被控訴人は、前日の控訴人の行為に疲労、困惑していたため、証券類を見せなければいつまでもこの状況が続けられるであろうし、見せてやれば金員はすでに振り込まれているのであるから納得して帰るであろうと考え、証券類を控訴人に見せた。証券類を被控訴人から見せられた控訴人は、豊田商事神戸支店に架電したうえ被控訴人に同支店へ同行することを求め、被控訴人が血圧が上がり困惑しながらも強くこれを断わつたにもかかわらず、被控訴人から受け取つた証券類を返還することもなく、被控訴人の意思を無視して同人を自動車に乗せ右支店に同行した。
4 右支店において、控訴人は、同支店の課長某に被控訴人の証券類を渡したところ、右課長において解約すべき保険契約証書をほしいままに決定するや、これを受けて控訴人が被控訴人を自動車に乗せて右保険等の解約のため出発した。なお、被控訴人は、このころ血圧が上がり物事を十分に把握、判断することができない状況にあつた。
控訴人は、まず、神戸中央郵便局に行つたが、ここでは保険の解約等をすることができず、深江郵便局に赴き、同局において、控訴人が被控訴人に代わつて簡易保険の解約をするとともに金員の借入れをし、右借入金を控訴人において受け取つた。簡易保険の解約金の入手は当日はできなかつたものの、右借入金を控訴人が持つて右支店に戻り、同支店において、被控訴人は、十分認識判断する猶予もないままにオザキサヨコ名義で一キログラムの純金を買うこととなり、同旨の「純金ファミリー契約証券」を交付され、控訴人が受け取つていた金員からそのまま右代金として金二二八万六四八〇円が豊田商事に支払われた。
5 その後、控訴人は、被控訴人に返還することなく同人が所持したままになつていた住友生命相互会社の保険を解約するために被控訴人を同会社の営業所に同行した。そして、控訴人において右解約手続きをしたが、被控訴人は途中から体調が悪くなり帰宅した。
6 同月二一日、控訴人は、被控訴人を同行して先に解約していた右各保険金を郵便局及び保険会社から受領し、これを持つて右支店に戻り、前同様被控訴人において十分認識、判断する猶予もないままにトドロキシゲヒロ名義で一キログラムの純金を買うこととなり、同旨の純金ファミリー契約証券を交付され、控訴人が受け取つていた金員からそのまま右代金として金二二一万四七八〇円が豊田商事に支払われた。
7 以上のようにして控訴人においてほしいままに被控訴人の保険等を解約して得た金員は控訴人において支配していたのであり、被控訴人にはその残金として約三〇〇円の返還がなされたが、豊田商事が倒産したため右購入したとされている純金はもちろん右代金の返還も受けとることができない。
以上の事実を認めることができるところ、これに反する、控訴人が被控訴人に対し直接関与した勧誘は昭和六〇年五月五日ころから一〇日ころまでの間に純金ファミリー契約を締結するようすすめたことのみである旨の控訴人の主張は、昭和六〇年五月一五日及び二一日になされた「純金注文書」(前掲甲第九、一〇号証の各一、二)には担当者として控訴人の署名押印があること及び前掲甲第一三号証の記載に照らすと、到底認め難く、ほかに右主張を認めるに足る証拠はない。
右認定の事実及び前記二に認定した事実を総合すると、控訴人は、被控訴人が強く断わつているにもかかわらず、二日間にわたり執拗かつ強力に保険証書等の閲覧を求め、困り果てた被控訴人がやむなくこれに応ずるや、豊田商事神戸支店の課長某と共謀のうえ、被控訴人が困惑して物事を十分に判断することができない状況にあるのに乗じて右保険契約を解約させる等して金員を入手し、本件純金ファミリー契約の実体が前記のようなものであることを秘してほしいままに右契約の勧誘・締結手続きを取つて被控訴人に合計金四五〇万一二六〇円の支払を余儀無くさせたものであるから、右控訴人の行為は、不法行為を構成するものであり、被控訴人は右控訴人の行為により右支払金合計四五〇万一二六〇円と同額の損害を被つたものというべきである。
よつて、控訴人は被控訴人に対し、民法七〇九条、七一九条により右損害金四五〇万一二六〇円の賠償及びこれに対する不法行為後の昭和六〇年七月一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものというべきである。
四以上の次第で、被控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石川 恭 裁判官大石貢二 裁判官松山恒昭)